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ハディの物語

イラク、シェイハン・キャンプ

ハディ・ナイフ・サドの、小さな店には、ガラスカウンターにコピー機とラミネーター、隣のテーブルにラップトップが置かれています。一緒に店を経営する弟のファイサルは、携帯電話を修理します。壁には、携帯電話の部品やアクセサリーが並んでいます。ハディとファイサルはシンジャール出身のヤジディ教徒で、店はイラク北部のシェイハン・キャンプの中にあります。向かいは診療所、隣は床屋さん。診療所から一人のスタッフが店に入ってきました。身分証明書のコピーが必要なのだそうです。

 

弟が携帯電話を修理し、ハディは身分証のコピー、ラミネート加工、メッセージアプリでの書類や画像の送信、、配達を行います。キャンプの住人は、支援団体に登録したり、故郷の村での生活に関する書類や資料を整理したりする際に、こうしたサービスを頻繁に必要としています。キャンプの避難民は7年目に武装集団の攻撃を受けて、故郷を逃れたのです。

 

「この仕事は、キャンプにいるみなさんの役に立つと思ったんです」とハディさん。ハディがこのビジネスを始める前は、キャンプ住民は書類作成のために町まで行かなければなりませんでした。

 

いとこが2015年に最初にスマートフォンのアクセサリーショップを開き、2018年に弟のファイサルがそれを引き継ぎ、2021年にファイサルとハディが一緒に、UNIDOの支援を受けて事業を拡大しました。ファイサルは携帯電話修理のコースを、ハディはビジネスマネジメントを学びました。

 

「特に起業スキルを学びたかったんです。」3月に受講したトレーニングコースでは、経営、顧客との接し方、ビジネス拡大のアイデアなどを学びました。

 

この店は単なるビジネスではなく、キャンプ住民の生活のためのサービスです。「お客さんがお金がないときはまけてあげることもあるんですよ」とハディが話します。

 

キャンプには750家族以上が暮らしており、そのほとんどがシンジャールからの避難民です。ハディと七人の兄弟、両親は2015年に避難してきました。

一家はシンジャール近郊の村の出身です。ハディは12歳で学校を辞め、家族を養うために建設現場や工場で働きました。2014年にISISの攻撃があったとき、彼と家族は徒歩で逃げました。シリアとの国境まで7日間歩き、そこからザホまで北上しました。彼らは建設中のビルで1年間暮らし、支援団体によってシェイハン・キャンプのテントに移されました。

「7年間、壁を見たことがないんだ」とハディは言います。

 

火災は常に心配の種です。6月初旬、ドホーク州のシャリア・キャンプでは、火災で数百のテントが焼け、約1000人が住居、所持品、貯金を失うことになりました。

 

「キャンプでは、寝るのさえ不安だ。キャンプの生活には確かなことは何もない。」とハディは言います。

 

5ヶ月前、女の子が産まれましたが、キャンプで育つ娘を心配しています。「テントから出るとすぐに娘のことが心配になる。とても惨めな生活だ。とても小さくて、狭くて。」

 

ハディにとって選択肢は限られています。戦争で破壊され、インフラも回復していないシンジャールには帰る家がありません。「家もない、水も電気もない。土地だけです。」キャンプを出て、家族のために家を借りる余裕もありません。今のビジネスを始める前は、時々日雇い労働の仕事を見つける以外には働くことができませんでした。

 

ハディは、この店で弟と一緒に働きながら、ようやく安定した生活を送れるのではないかと期待しています。「私たちは完璧なチームです」と彼は言います。

 

「UNIDOにとても感謝しています」とファイサルも付け加えました。

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