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シャリファの物語

イラク、マミリアン・キャンプ

 

シャリファの娘、9歳のハミーンは鶏小屋の中で笑いながら卵を集めています。「一度餌をあげようとしたら、いじわるな鶏に邪魔されて大変だったのよ!」

 

大きい雄鶏は特にいじわるです。「あの子は他の鶏にも私を追いかけさせるのよ」と、楽しそうに笑います。

 

ハミーンと家族は、シンジャールの出身です。武装集団の攻撃から逃れて、イラク北部クルド自治区の国内避難民キャンプ、マミリアンキャンプに6年以上住んでいます。
UNIDOの避難民の生計支援プロジェクトにより、雌鶏17羽と雄鶏2羽の支援を受けました。

 

ハミーンと家族にとって、鶏はかわいいペットでもあり、生計を支え、幸せで健康的な生活をするための初めの一歩でもあります。彼らが長年強いられてきた辛い生活の中での希望になっているのです。

 

2014年8月3日、いつも通りの朝でした。シャリファは息子にお使いを頼みました。しかし息子は帰ってくると慌てた様子で「世界がひっくり返った!」と言いました。武装した男たちを一杯乗せたトラックが走っていたのです。ISISによる侵攻でした。

 

2日後、家族はモスルへと逃れました。その途中、武装集団に止められ「ヤジディ教徒か?」と問われました。イスラム教徒だ、と答えると彼らは去っていきました。

 

ISISから逃れるため、モスルからさらにドホークに向かいました。検問所を避けるため、途中車を捨て、歩いて進みます。3歳と4歳の子供を抱え、服と少しの食べ物を入れたカバンだけを持ち、数キロの距離を歩いて、道路に出ました。たまたま通りかかった車に助けられ彼のホテルに泊めてもらえることになりました。

 

5ヶ月以上、10人家族は狭いホテルの一室で暮らしました。「とても肩身が狭く恥かしい気持ちになりました。」狭いホテルでの生活を思い出してシャリファは言います。「それでも、助けてくれた人たちにとても感謝しています。」ホテルのオーナーは家族の滞在中ずっと、無償で部屋と食べ物を提供し続けてくれました。

 

ドホークという初めての土地で、知り合いも誰もいなかったため、ほとんど外出しませんでした。「5ヶ月以上も太陽を浴びなかったので、ホテルを出る頃には子どもたちは白くなっていました。」シャリファは言います。

 

2015年1月から住み始めたマミリアン・キャンプでも、多くの人たちの優しさに助けられました。近所の人は初日に彼女たちを昼食に招待し、夜には寝具を貸してくれました。

 

しかしその日、シャリファは眠れない夜を過ごしました。「とても寒かったのです」。石油ストーブの近くに座ると、紛争によってすっかり変わってしまった子どもたちの未来を考えました。

 

彼女は、教育は子供たちの明るい未来のために必要不可欠だと話します。ISISの攻撃が始まった時、長女は大学でアラビア語を勉強し、長男は高校の最終学年でした。避難先でも長男は勉強を続けられましたが、長女はそうできませんでした。

 

長女はドホークにいる間学校に通えず、勉強ができませんでした。キャンプに移住してようやく、色々な場所で避難民向けに提供される大学の授業を受けることができました。父親が長時間かけて娘を送迎しました。長男はバルダラシュで経営管理のコースに入りました。

 

「多くの困難の中、二人が大学を卒業できたことをとても誇りに思います」とシャリファは語ります。彼女は金製品を売り学費に充てたのです。

 

もう一人の娘は今高校2年生で、学業成績は平均96%。シャリファはまた金を売って、学費や交通費を捻出しています。娘の大学進学が彼女の願いです。

 

家族は政府からの補助に加え、どんな仕事でもして生計を立てています。シャリファの夫は運転手ですが、1日の稼ぎはガソリン代で消えていきます。そのため、時には子どもたちも働かざるを得ません。シャリファも、一度NGOで縫製を教える仕事に就きました。しかし家族の誰も安定した職業には就けていません。

 

シャリファはお金の使い方にとても慎重です。さまざまな料理、果物、お菓子を食べる伝統のあるラマダン期間でも無駄なものは買いません。「子どもたちがお腹を空かせないように」とだけ、いつも考えています。

 

UNIDOは、国内避難民の生活の基礎を整えるために活動しています。日本が出資する生計向上プロジェクトの対象家族を探した際にマミリアン・キャンプのコミュニティリーダーより「最も困難な生活をしていて、すぐにでも助けを必要としている家族」としてシャリファが推薦されました。

 

選ばれた家族は10日間、養鶏のトレーニングコースを受ける中で、どのように生計を立てていけるかを学びます。

 

現在シャリファは毎朝4時に鶏の鳴き声で目を覚まし、世話をします。すると、子どもたちがわれ先にと卵を探しに来ます。「子どもたちはみんな鶏に夢中です。鶏がきてから家族が明るくなったわ。」とシャリファは嬉しそうに言います。

 

13歳の息子は足を怪我している鳥やトサカの一番綺麗な鳥など、鶏の一羽一羽をしっかり見分けることができます。

 

鶏は健康の支えでもあります。以前はなかなか手が出なかった卵も、今では毎日食べることができています。

 

「わずかな鶏でも私たち家族の生活は幸せになりました。このプロジェクトにはとても感謝しています。」と、シャリファは明るく話しました。

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